その2
ということで外部講評の続き。五十嵐さんのブログにKI君に対する記事が載っていたので無断転載(笑) 更に深読み、アート的な視点で論評しています。
1565:ああ、もったいない**************************Date: 2009-02-28 (Sat)
*東北大学の外部講評会。
・今年はこれまでとこれからの非常勤やOBである、針生承一さん、松本純一郎さん、渡辺宏さん、鈴木弘二さん、八重樫直人さん、武井誠さん、手島浩之さん、佐藤忠幸さんらも審査委員として参加。
・今年の都市・建築理論研究室は好成績で、加藤拓郎くんの「海苔」が青葉賞、伊藤周平くんの「最期の場所」が奨励賞でした。もっとも、最大の問題作は、やはりうちの研究室で、賞なしだが、『近代建築』掲載扱いとなった菊地尊也くんの作品。名古屋・仙台と七年間大学で教えていて、学生の卒計はほぼ想像可能の範囲内だったが、初めて僕の想像力の外部に飛びだした内容が登場したある。基本的に既存の路線のなかでの完成度が高いものよりも、新しい問題そのものをつくりだす案を評価する考えなので、これは推すべき作品だった。
・一応、菊地くんの作品は「オノマトペ」というタイトルで、内部講評会では発表された。「ぎゃーん」とか「ぐわーん」とか、漫画からオノマトペの文字をサンプリングし、そこから形態を自動生成。さらに仙台の敷地を切り刻んで架空のサイトをつくり、散りばめる。オノマトペとは、意味(シニフィエ)が確定しない音声(シニフィアン)であり、いわばプログラムと連動しない形態だ。ここまでは、チュミ+シチュアシオニスト的な手法として解釈できる。通常、ここまで学生が提案すれば、それで十分に変わった案ではある。
・ところが、その先があり、菊地くんは、次のステップとして、最終的に完成したかたちからリバースして、異なる起源の課題をねつ造していく。存在しない彫刻家の美術館とか、仙台震災後のモニュメントとか、などなど。これはひとつの結論から逆に遡求して複数の始まりを次々に生みだしていく、ボルヘスの「八岐の園」や、「ひぐらしのなく頃に」(祭りの日、必ず一人死に、一人行方不明)のような、手続きであり、卒計をメタフィクション的な構造に閉じ込めていく。彼の過去の課題も入っており、彼自身が同じかたちになってしまう牢獄のようでもある。
・外部講評会では、もう一度、驚かされた。今度はタイトルが「かたどるかてどらる」に変わっており、同じ作品をまったく違う方法で説明している。ある意味では、嘘八百をしゃあしゃあと語るプレゼンテーションに驚愕し、笑う。今度はさらに増えた複数の起源のひとつに「オノマトペ」が閉じ込められている。新しい審査員に対してはおそろしく不親切だが、この発表によってメタフィクション的な構造を演じてみせているのだ。卒計への自己言及的な作品として、このレベルのものに出会ったことがない。
・しかし、このおそるべきプロジェクトは、彼が地元で、しかも昨年は学生会議として運営側にいたにもかかわらず、卒計日本一決定戦への登録を忘れ、出品できないのだという。ああ、もったいない。
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そうそう、本日発売・新建築3月号P52に小さく載せていただきました。
プロフがちょっと違ってるけど(^^;)
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