今、現在の私の知識と感覚による感想に過ぎないが、感じたことをまとめて書いておこう。計画の段階から雑誌に掲載されているようだが、私は見ていない。であるから、実際に体験した建物を通してのみの判断になってしまう。
隅切された部分に玄関が設けられ、片側の壁のみ若干のRがかかる玄関ボックス。そのボックスを抜けると天井が高いリビングボックスに入る。それは特に驚きのあるものではなく、劇的な変化もない。若干のRが知覚できるだけである。次に、階段を降り、地下の個室ボックスに移動しても、やはり大きな変化はない。強いてあげれば床の素材を変え天井の高さを操作した程度である。普通の建築家であれば、リビングボックスと個室ボックスを違った空間にして多様性と驚きを演出する。もし篠原一男さんであるならば、リビングボックスに玄関ボックスを貫入させ、そこに思いもよらぬノイズを発生させるだろう。彼はボックス間で空間を大きく変えることを意識的にさけているように感じる。
また、この住宅は似たような要素を配置する。
例えば、インナーキッチンとアウターキッチンは相似形ではある。玄関ボックスと個室から地上に出るボックスも片側のみがRとなる相似形である。しかし、それが完全な相似でもなければ、明快な差異があるわけでもない。
窓を見てみよう。個室ボックスの窓は、換気のためにハイサイドに設けられている。しかしそのすぐそばにトップライトがあり、光が干渉してしまう。窓の位置をずらし、トップライトを離せば、光はより美しくなる。あえてそれをしない。おそらくそれは象徴的な光をさけているのではないかと思われる。リビングボックスの窓も不可解である。デッキとリビングは掃きだしの窓によってつながっているものの、強い連続性は意図していない。インナーダイニングキッチンとアウターダイニングキッチンも腰窓で分断されており、直接の関係性をもっていない。眺めの良い方向に窓をあけているわけではないし、階段を上るときに視線が抜けるように配置するわけでもない。壁の隅に窓を整理して配置するわけでもなく、各面の窓の高さや大きさも微妙に変えている。先ほどのボックス間の操作にも通じることであるが、建築設計の原則といえるものを巧妙に避けている感がある。
地上1Mの場所に設けられたデッキに話を移そう。そこにはトップライトや階段ボックスが現れてしまっているので、アウターダイニングやデッキの端に設けられたベンチにしか居所はない。トップライトは座れるわけではないし、階段ボックスが目隠しになるわけでもない。それらの要素がデッキに散らばってしまっている感がある。
窓やこれらの要素の配置方法を一言で表現するなら「散在」という単語が合うような気がする。
誤解を避けるために触れておくが、妹島さんや石上さんのものは「散在」ではない。構造体や家具や植物などの要素を等価に扱うことで均質空間を意図しているからである。彼らのもつ均質性、篠原さんのもつ象徴性、モダニズムのもつ整合性、それらを巧妙に避けるのである。全てがあいまいなところで抑えられている。
さて、なぜそのような操作をするのか?その操作を行う価値は何か?そう考えると、とても難解な建築である。この建築をわかってくれる施主はいるのだろうか・・・。この住宅はM社のプロデュース。直接の依頼ではなかった。
狛江の住宅 設計者 長谷川豪さんのサイト http://www.hsgwg.com/